- 入社12年目リーダー
- 1999年度入社
第1事業部
保険セクション
■ 入社を決めた理由
私が企業選定の基準として考えていた内容は、
・自身の実力を正当に評価してもらえる企業
・将来的に社長になる可能のある企業
という、自意識過剰な点を意識して、広く独立系企業の雇用情報に注目していました。
そんな中、偶然東洋ソフトの企業説明会に訪れ、今後の就職に必要になるからと「世の中の見通し」や、「社会人としてのあり方」、「面接の仕方」などを多めに話す人事部に好感を持つようになりました。その後何度か会社訪問をしましたが、徐々に東洋ソフトの
・白くクリーンなイメージ
・新しい会社であり今後一緒に会社を大きくしていこうという気持ち
から「この会社でやってみよう」という思いになりました。
内定を貰った後は、自分の将来が見えた気がして非常に嬉しかったです。
■ 現在担当しているプロジェクト・業務について教えてください。
某保険会社の保険申込み入力支援システム、ユーザ問合せコールセンタ等、幅広く企画/提案/構築作業を行っています。 自身で思うように企画/提案し、構築も成功した際の達成感はSEでしか味わえない気分だと思います。子供に日曜大工をしてやることは出来ませんが、あの会社はパパの作ったシステムで動いてるんだよと自慢するようになると思います。
■ 仕事の進め方・仕事の内容について教えてください。
よく言われることですが、仕事で重要なのは「ほう・れん・そう」です。
「報告・連絡・相談」の「報・連・相」ですが、いつまで経っても簡単なこの3つの不足に悩まされています。
私の仕事は顧客との打合せや関連チームとのメール・電話のやり取りで、業務時間の半分以上を費やしています。そうなると仕事の優先順位や、緊急性を見極めつつ、プロジェクトメンバーに作業を指示していかないと仕事が進んでいきません。大体そういう状況にある際には、上長にも部下にも「報・連・相」が不足して結果的に迷惑をかけることが多々あります(この場で言い訳)。常に作業の効率化を考えて先手先手で仕事をしていきたいと考えています。
■ 東洋ソフトウェアエンジニアリングに感じること、魅力について語ってください。
東洋ソフトは社員旅行やクラブ活動など社員主体で様々な行事が行われています。社員旅行は、事業部長から新人まで全員ウキウキした感じを発しており、とても盛り上がります。こういった行事で得られた仲間意識や一体感は常に仕事に反映されており、厳しい不況下でも一丸となって乗り越えようとする意識が伝わってきます。会社自体も創立して30年弱と決して短くない歴史を持つようになり、顧客からもより一層の安定感及び企業力をアピールできているのではないかと思います。
今後の東洋ソフトは新たな分野に取り組もうと新ビジネスモデル検討委員会を設置し、様々な協議をしている段階にあります。私も委員の一人ですが、熱意を持って会社の将来を考え、議論をする若手社員の集まりに少なからず会社の成長を期待出来ています。まだセキュリティ制度の確立等、社会的な流れに合わせて改善が必要ではありますが、成長過程という点を期待して、入社してきてもらいたいと考えています。
■ 東洋ソフトウェアエンジニアリングで働く自分について語ってください。
私が目指しているものは「東洋ソフトの社長」です。これは何世代目でもいいので、いつか実現出来ればいいなと思っています。この目標に向け私は業務を率先して行い、積極的に行事に参加するようにしています。一見「当たり前のようなことを心がけているな」と思われるかもしれませんが、ちゃんとした理由があります。拡張する東洋ソフトの中で、唯一みんなから顔と名前を覚えてもらっているのは「社長」だけだと思います。業務を率先して行う、積極的に行事に参加するということは、少しでも社員みんなから顔と名前を覚えてもらうキッカケになると思っています。
仕事に関して心がけていることは「塵も積もれば山となる」です。プロジェクトを円滑に進めるということは、こんなに思い通りに行かないものかと思い知らされている毎日ですが、自身の考え方を守り、コツコツと進めていけば、いつか成果がでると考えています。またそれらはやり遂げたという経験値から自身の力になり、自信になると思います。
■ 仕事をしてきて、今までに一番苦労したことは何ですか?
私が一番苦労した時期は「2000年問題」の対応時だったと思います。
「2000年問題」というのは1999年から2000年に年越しする際、当時主流だったYYMMDD(99年12月31日など、年を2桁として扱う)のままでは、1900年1月1日になり、金融系システムが多くのエラーを出す可能性がある為、YYYYMMDD(2000年1月1日など)に修正する必要があると騒がれた問題ですが、入社して間もない頃の私は、簡単なアプリ修正とパラメータ設定作業をリーダーの指示通り行う毎日でした。
作業量が膨大で、毎日終電、毎週末出勤、年末は当然出勤という状態でしたが、時がくれば勝手にこの繁忙期も終了していきました。
貯めこんだ残業代で飲み明かしたことから、結局一番苦労しましたが、良い思い出が多いプロジェクトだったと思います。
■ 仕事をしてきて、今までに一番楽しかったこと、嬉しかったことは何ですか?
一番楽しかったこと、嬉しかったことは手掛けたプロジェクトが成功し、顧客から「ありがとう」と言われたことだと思います。
仕事は良いことばかりではなく、年次を重ねるということは責任も増えてきます。ただ、プロジェクトマネージャー、プロジェクトリーダーという立場はプロジェクトに携わる範囲が広く、そのプロジェクトが終了及び成功した際にはやり遂げたという感じが人一倍湧き上がってきます。私がシステム企画/提案をし続けるのは、その達成感をまた味わいたいと思うから続けているのだと思います。
是非沢山の方々とこの感覚を共有したいです。















